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日本の社会は不平等か?

1 名前:すりらんか 投稿日:2000/10/23(Mon) 16:25

この板で以前上がっていた,社会学者の本は
結構世間でも話題になってるみたいですね.
私はまだ読んでないんだけど,このての話題
ってちょっと話し合ってみたい.
2 名前:こてはん29 投稿日:2000/10/23(Mon) 23:55

お久です。議論のきっかけだけお書きします。

経済格差、とくに所得格差については、
橘木俊昭さんの本とそれに対する大竹文雄さんによる批判が代表的なものでしょう。
少なくとも、橘木さんの使っていたデータは国際比較可能なものではないという
点では、コンセンサスができていたと思います。

佐藤俊樹さんの本の話は、
経済の高度成長が終了して、労働力移動が終わったら、
社会の流動性が固定化して見えるのは、当たり前じゃない
かとしか私には思えなかったですけどね。


( 役に立った! | 元スレ )
3 名前:すりらんか 投稿日:2000/10/24(Tue) 02:05

あっお久しぶり<こてはん29さん

佐藤俊樹氏の本は週末にでも読んでみます.ただ,「不平等」
を考えるときに重要になるのはどうしても「平等」とはなにか
という定義付けですよね.橘木先生は所得だろうし,佐藤さん
は職業をみる.けどこんなの結果であって,平等とはちょっと
づれている気がしてならないんです.
4 名前:かえるくん 投稿日:2000/10/24(Tue) 08:39

平等という概念は、ふたつの異なったタイプの多様性に直面している。すなわち、
(一)人間とはそもそも互いに異なった存在であるということであり、
(二)平等を判断するときに用いられる変数は複数存在するということである。
本書は、この両方の多様性にそれぞれ関わっており、また両者の関係にも関わっている。
人間は互いに異なった存在であるために、異なった変数によって平等を評価すると
多様な結果が導かれる。このことが「何の平等か」という問いを非常に重要なものに
している。
(アマルティア・セン(1999)『不平等の再検討』、岩波書店、1ページより引用)
5 名前:先公@創立記念日 投稿日:2000/10/25(Wed) 14:56

機会の平等と結果の平等は分けて考える必要がありますね。
センはこの点については言及していましたか?
6 名前:Gerard Debreu 投稿日:2000/10/26(Thu) 14:10

>こてはん29さん
>佐藤俊樹さんの本の話は、
>経済の高度成長が終了して、労働力移動が終わったら、
>社会の流動性が固定化して見えるのは、当たり前じゃない
>かとしか私には思えなかったですけどね。

佐藤氏の言いたかったことは、労働人口の産業別分布が
固定化したということではなく、その世襲化が始まっている
という所にあったのではないでしょうか?
ホワイトカラー(以下W)上層に参入する為の選抜基準(つまり学歴と入試)
が、W上層の子にとっては比較的容易なものであるのに対し、
非Wの子にとっては経済的にも文化的にも高い障壁になっている、
というのが主旨のように見受けられましたが。
(私はW下層の子なので実感が湧かないのですが。)
あの本は他の板ではボコボコな言われようなので、
うのみにするのは避けたいですけど。誰か社会学の素養のある方、
あの本をどう評価すべきかご教示ください。
7 名前:イナゾウ@2ch 投稿日:2000/10/26(Thu) 15:55

 「機会の平等」という事では、例えば、アメリカの大学入試には内申点といった形で
その子がやってきたコミュニティ活動やボランティアの内容が評価されますが(日本に
も、類似のシステムが導入されるのかしらん?)、これにしたって、いわゆる上流校に
所属していた方が、高い評価を得られる活動に接せられるチャンスは、押しなべて大き
いのではないかと思います。

 例えば、「高校のとき修学旅行どこだった?。オレ、神戸。」「あ、僕、オーストラ
リアでメルボルンとか」みたいな学校による格差はいろいろとあるわけです(喩えが
明らかにオカシイ、藁)。そういった活動に対する学校の支援というのも、自力でやれ
という所と、色々なプランを提示できる所とでは、大きなギャップが生じるのではない
かと...。そうなると、最初から子供を上層校に入れる事ができる家庭の方が、後々まで
有利なのではないでしょうか?。つまり、社会的流動性が無くなっていく。

 翻って今までの日本を見てみると、受験(試験)一発勝負で、過去の経歴はほとんど
関係が無い。大検だろうと、元不良でも差別はされない訳です。この点だけで見ると、
結構日本のシステムは機会平等に優れていたと思うんですけど、これがまた行き詰まっ
ているのもまた事実...。難しいぞなもし。
8 名前:へなへな 投稿日:2000/10/26(Thu) 23:10

>これにしたって、いわゆる上流校に
>所属していた方が、高い評価を得られる活動に接せられるチャンスは、押しなべて大き
>いのではないかと思います。
あめりかでも進学校ってありますからね・・・。
今はアファーマティブアクションでどうかわかりませんが、昔は黒人の通う学校は
ラテン語をやらないから、上位校へいけないということがあったとか。

>そうなると、最初から子供を上層校に入れる事ができる家庭の方が、後々まで
>有利なのではないでしょうか?。つまり、社会的流動性が無くなっていく。
でしょうね。前に話題になった刈谷さんの本でも 子どもの学歴と親の社会的地位や学歴が
強く相関しているとありました。(財産とは相関しない)
ある社会階層が、新しい社会階層を再生産していく・・・。

>結構日本のシステムは機会平等に優れていたと思うんですけど、これがまた行き詰まっ
>ているのもまた事実...。難しいぞなもし。
たしかに、受験一発ですけど、人間は過去の行動を繰り返し(脳の同じ神経が発達
するので同じ行動をどんどん繰り返してさらにその神経を発達させる)自力で
自分の行動を(変えられるテクニックを使わずに)変えるのは極めて難しいのです
ですから、結局はそれほどではないでしょう。
9 名前:かえるくん@雨上がり 投稿日:2000/10/26(Thu) 23:58

>先公さん
センは、「機会の平等」と「結果の平等」の対立を克服して、「自由の拡大」
或いは「自由の平等」の価値が優位であることを主張しているのだと思います。
自由とは、個人の個性と与えられた権限によってなしうること、によって
定義され、それを拡大していくことが福祉だということになります。

だから、センの中では「機会」も「結果」も、自由を評価する際に用いられる
多元的な尺度の一つというふうに位置づけられているように思います。しかし、
それらの評価尺度のどれを優先すべきかについては、あまり明快ではないです。
(少なくとも私にとっては。)

価値の多元主義は、大変もっともで反論できないのですが、
どうも釈然としないところが残るのも事実なんですよね。
結局どっちやねん、と。どうでしょう?
10 名前:イナゾウ@2ch 投稿日:2000/10/27(Fri) 16:21

 アファーマティブ・アクション(差別解消措置)と言えば、「逆差別」の問題も
考えなくてはいけませんよね。だいぶ昔の話ですけど、ハーバードなんて放って置
くと学生が「ニューヨーク出身のユダヤ人の男」ばかりになってしまって、それじゃ
「大学の意味」が無くなってしまう。そんな理由で、入学の際に色々な特別枠を設け
たら、今度は「アラスカや南部出身の黒人などマイノリティ」なら、大して勉強しな
くても楽勝でハーバードに入れるようになってしまって、一時問題になりました。

 しかしその制度を続けていく内に、いわゆるマイノリティと見なされていた層の中
から、社会的にも認められるような知識層が少しづつ増えていった事実を見ると、一見
逆差別だと思えるような制度にも早急に結論を出すべきではないのかもしれません。
しかしこうしてアメリカのケースを見てみると、日本の不平等問題は本人の意識次第で
いくらでも変えられる程度かな、と思っちゃうんですけど、認識が甘いのかしらん。
11 名前:イナゾウ@2ch 投稿日:2000/10/27(Fri) 16:39

>人間は過去の行動を繰り返し(脳の同じ神経が発達するので同じ行動をどんどん
>繰り返してさらにその神経を発達させる)

 うーん、怖いですなあ。「三つ子の魂百まで」という事で。確かに人間そんなに
簡単に変われるもんじゃありませんですよねえ。そうすると、小さい頃に受けた親の
教育が「モノを言う」部分は確かに大きいかも。ほんで、学歴や社会的地位を再生産
していく動きに繋がっていく。なかなか、「ブレイン・ウオッシュィング」されるよ
うな価値観を一変する衝撃には出会えませんしね。私は、恩師の影響が大ですけど。

 そういえば、私も大学受験の時、親父に「オレは同志社行くのが夢だったんだけど、
お前同志社に行くつもり全然ない?」と、しきりに同志社をプッシュされましたねえ。
うーん、確かに親の影響は大きいかも。まあ、結局お流れになりましたけどね。
12 名前:先公 投稿日:2000/11/01(Wed) 01:10

アメリカで展開されたアファーマティブ・アクションをかじった時期がありましたが、
う〜ん・ありゃダメ人間をつくっちゃうんじゃないかな、という感想を持ちました。
本質的な救済の手が優位にある者から劣位にある者に向けてさしのべられることはない
のではないか、というのが私の考えるところです。
また、そういう救済の手が差し伸べられる状況が確定した時点で、劣位にある側は
救済の手の存在を折り込み済みの前提としてあてにするようになりますから、
向上に向けた努力が緩むのではないかと。





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