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経済と教育・教育と技術進歩

126 名前:先公 投稿日:2000/09/28(Thu) 02:47

ところで、学校で行われている教育の質は測定可能なのか?
という問題はどうお考えでしょうか>諸氏

私は測定が困難だと考えます。基準の統一をしようがない。
127 名前:先公 投稿日:2000/09/28(Thu) 03:30

それから、気づいたことですが、
>次の就職の際には、職歴なんかも加味されるので、
>大学名だけの選抜なんて行われないですから
キャリアを加味されるというのは事実で、大学名だけの選抜ではない、という
表現自体は間違ってはいません。
しかし、似たようなキャリアの人材から第二新卒を採用する場合に象徴されるように、
やはり学歴第一主義はついてまわります。これは私も含め、多くの大卒転職者が体験
しているところです(してみないとなかなか実態はわからないかと思いますが)。
渦巻さんが取り上げた大学でどのような質の教育を受けたか・という点に関していえば、
大学側が提供した教育の質のみ視野に入れるのでは不十分で、当然、受容した側の質
(学習力とその結実)とを勘案しなければなりません。同じ講義や演習に参加していても
まず態度的なもの(礼儀に非ず)、そして個々の学習者の内部に蓄積され、形成された
知識と思考力に差異を認めないわけにはいきませんね。
しかし人材を採用する企業側にとって、そのような個々の態度的なもの、内部に形成
されたものの質を測定することは、きわめて困難ということになります(面接はそれを
測定する手段の一つですが、短時間での測定が現実的に不可能なのは周知の通りです)。
したがって企業が新たな人材候補を選考する際に測定の確実な基準とし得るのは、
どこの大学の入学試験を突破するだけの能力を個人が有していたか(そして現在もいる
と思われるか)という、65で断りを入れさせていただいた「ペーパーで測定できる」学力
≒受験学力であり、それに頼らざるを得ない面があるのは、致し方ないと思います。
これは高等教育までの段階が大衆化している今日の日本社会からできあがったシステムと
言えるでしょうね。(戦前の採用はむしろ欧州にみられるスタイルに近かったのでは?)
その点を視野に入れない限り、「ここが変だよ日本人」なんてTV番組レベルの議論に
なってしまうおそれがある。
128 名前:こてはん29 投稿日:2000/09/28(Thu) 03:43

そうですねえ。これまでの議論が逸れるだけなら、ちょっと歓迎し
かねる部分もあるのですが。質問の本意が分かりかねるところも
ありますし。

>ところで、学校で行われている教育の質は測定可能なのか?
>という問題はどうお考えでしょうか>諸氏

教育を受けた学生ということでいえば、GREの点数とか大学の成績
(これは、大学の教育プログラムを評価できるかとかの要素もある
のですが、これを始めると学歴ネタに移行しそうなんで厭なんです。)
とかがある程度の大ざっぱな指標として考え得るでしょうね。

実際、有名大出だけだというだけで、どんどん就職できたバブル期と
違って、学生の就職の厳しい現在では、大学の成績の影響力が有意
らしいとかいう実証研究が最近出ていた記憶があります。

この傾向が、temporaryなのか、それともpermanentで、日本型雇用
システムを揺るがすまでにいくのかは分かりかねますが。
129 名前:こてはん29 投稿日:2000/09/28(Thu) 04:05

>先公さん
>似たようなキャリアの人材から第二新卒を採用する場合に象徴されるように、
>やはり学歴第一主義はついてまわります。これは私も含め、多くの大卒転職者が
>体験しているところです

それは、そうなんですよ。渦巻さんの解説を引きますと、
渦巻さん@123>
>そして企業が「学校」を重視しているという情報が社会に行き渡った時点で
>「企業が評価する学校に入らなかった」求職者は格付けを得ていない中古車と
> 同じように見なされます。

ですから、
先公さんの世代では、入試時点の受験学力がその人個人の能力を測るに
望ましいというコンセンサスが企業、受験生双方でできていたので、
学歴第一主義になるわけです。

よって、現在のように、受験生が受験勉強をほとんどしなくなる傾向が
強まれば、受験学力を、その人の能力の代理変数として用いることは
難しくなるだろうということはあり得るのではないでしょうか。
130 名前:先公 投稿日:2000/09/28(Thu) 08:39

>現在のように、受験生が受験勉強をほとんどしなくなる傾向
う〜ん……高校生も二分化の傾向を強めているという話なら分かりますが、
受験生が受験勉強をほとんどしなくなる、というのはないですね。
のんびりしていた私らの頃に比べ、進学校、受験校では受験勉強をむしろ
よくやってますよ。

それから、学歴ネタなんぞとはむしろ逆ですね、レスをお読みいただければ分かる
と思いますが。
「個々の学習者の内部に蓄積され、形成された知識と思考力」をどう評価するかという点
の測定が困難であると書きました。この問題が要点ですね。これは教育評価の視点として
どう盛り込むかということで、ここ十年焦点となってきていることです。
「新しい学力観」という試行錯誤もその一つ。これは世間でだいぶ誤解されてますが。
131 名前:ドラエモン 投稿日:2000/09/28(Thu) 11:20

欧米の金融会社なんか見てるとわかるが、専門家というのは会社とは別に、
なんとなく緩いサークル(ギルドみたいなもの)を作っている。そこの人脈
で就職したり転職したりしてるなぁ。採用の決定権も、現場の専門家が握っ
ているからね。とはいえ、大学名とか学位は、やっぱりスクリーニングの手段
として、使わざるを得ないのも事実でしょう。ウォールストリートの投資銀行
にスタッフで就職しようと思ったら、やっぱりトップ20位くらいまでの学校
でMBA以上持ってないと、事実上門前払いだったりするからねぇ。
132 名前:こてはん29 投稿日:2000/09/28(Thu) 17:44

ドラエモンさん>
>大学名とか学位は、やっぱりスクリーニングの手段
>として、使わざるを得ないのも事実でしょう。

と、この発言で私はズッコけてしまったわけですが、学歴が
労働市場で何らかのスクリーニングの手段として効くという
ことは、さすがにここにおられる方々には共有されている
ことと思います。

ただ、それが日本の労働市場の変化に伴い、効き方のメカニズム
が変わる、つまり、これまでの均衡から違う均衡に動くのでは
ないかという話をしていたのだと思ったのですが。

あ、それと、別に学歴ネタが厭だから先公さんの質問で
議論したくない、わけではないですよ。
#先公さんとは議論がかみ合っていないようですが。
133 名前:先公 投稿日:2000/09/28(Thu) 17:56

どの点がかみ合っていないのか、私は存知あげませんが……。
人材評価に関する米国の事情は、ドラエモン氏、あるいは在米中のぼけ老人氏がご指摘
くださると思っていました。おそらく日本よりも特定の大学を出たか・出ていないかが
事実上の厳しい採用条件となっており、「大卒」だけでは話にならんという部分がある
と言えるでしょう。(もちろんすべての職種において・などとは言いません)加えて
採用候補者個人の持つ資格・資質ということでしょうね。このハードルというか人材
選別の基準は、むしろ日本よりも徹底しているようですね。
大学名に加えて採用条件を設定している・ということになりますか。
123で渦巻きさんがお示しになった、
>「学校名」が指標にならなくても、ほかの指標(たとえば資格とか)が同じような
>使われ方をしてしまうだけなんじゃないかな
という見方は卓見です。 1 学歴以外の資格等の条件の付加、あるいは 2学歴を選考
基準から外してそれ以外の条件を採用の際の指標にするケースを考えてみましょう。
従来、「一部の大学(・学部)名」vs「それ以外の大学(・学部)名」
による選別であったものが、1では
「一部の大学名+資格」vs「それ以外の大学名+資格」に置き換わるだけのこと。
2については一見、大学名を外したことにより逆転現象も起こり得るように思えますね。
しかし、すでに受験秀才としてペーパーテストによるすぐれた学力を示し得た「一部の
大学の学生」たちが、資格も取らずのほほんと就職の機会を喪失するのを傍観し、
「それ以外の大学の学生」たちの進出を許す、などということは、現実には考えにくい
ですね。すりらんか氏が20で
>最近の大学生はずいぶん自分で何とかする方向に向かってますよ(ダブルスクールなど)
と言及なさっていますが、これによってむしろ「一部の大学」と「それ以外の大学」の
就職をめぐる格差は拡大すると考えられます。大学名を外すことにより、「一部の大学」の
受験秀才たちの適応能力はいっそう際だつことになるのでは。(つづく)
134 名前:ドラエモン 投稿日:2000/09/28(Thu) 18:20

>こてはん29氏@132

うぅ〜ん。ずっこけられてもねぇ。別に、君と違う事言ってるわけじゃなく
て、常連以外で「アメリカは日本なんかと違って学歴社会じゃない」などと
思っている人もいるかなぁ〜と言う程度でかいたんですが・・・。
135 名前:先公 投稿日:2000/09/28(Thu) 19:08

均衡の重点は動かない、というより明確化されると考えるのが妥当でしょう。関門突破に
向けた行動に関して「受験秀才」たちの適応能力は高い。受験学力を人材評価の際に重視
することについて私が一定の妥当性を認める理由は、一部の夢見がちな人々(教員に限り
ません)が思い描く「大学入試で測定可能な能力 vs 「真の能力」」といった二項対立の
図式で個人の能力をとらえていないからです。これが私の立場。個人の「受験学力=有する
能力」という等式を単純に100%信頼するつもりはありませんが、入試の設問の要求を
理解し適合する解答を作成(選択)する能力を、独立して突出した能力ととらえることは
できません(例外的な「突出」組も必ずいますが、少数派にとどまっていますね)。
受験での学力測定は、本来総合的な測定が不可能である個人の能力というBlack Boxに
小窓を開けて、そこから潜在する総合的な能力(知力、思考力等)を推定するために
おこなわれています。ですから、人材としての質の差についても「なんだ・もっと高い
能力を潜在させていると思ったのに…」という期待外れのケースは生じても、「なんだ
・受験学力が低い者のほうがこんなに優れているじゃないか」という逆転は受験学力と
は無関係な身体の能力等(これを重視した職種の人事採用では、そもそも学歴は選考の
条件に入らない)を除き、通常、生じません。従って人材選考の際に特定の大学(学部)
を重視するという企業側の方針は、結果的には変わらないと考えられます。特に企業の
組織が大きくなるほど(いわゆる有名大企業)、「一か八か」でなく「発展させるにせよ、
まず維持が基本」となりますから。人事採用をめぐる日本の現状と将来は、上記に述べた
ような事情から、学力評価法と根源的な関連をもちます。いかなる「脱学歴主義」が提唱
されようと、今後は「大逆転」ではなく、結果として大学間格差の明確化により閉塞感を
強める方向で事実上、学歴主義に拍車がかかる可能性が高いと考えられます。
136 名前:こてはん29 投稿日:2000/09/28(Thu) 19:31

>常連以外で「アメリカは日本なんかと違って学歴社会じゃない」などと
>思っている人もいるかなぁ〜と言う程度でかいたんですが・・・。

そうだったんですか、それはすみませんです。

アメリカの話といえば、MBAの授業料って結構高いらしいですよね。
平均的な所得のアメリカ人がMBAに行くのは大変らしいですから。
それで、MBAは学力というより、むしろ、そこに通えるだけの経済力
を持っていることのシグナルになっているのだという説を聞いたこと
があります。


( 役に立った! | 元スレ )
137 名前:先公 投稿日:2000/09/28(Thu) 19:38

>136
あなたむしろこれまでの議論からそれてない?
酷な言い方ですが。
138 名前:先公 投稿日:2000/09/29(Fri) 06:24

 【とりあえずの整理】
要は定点観測の値に頼って能力を把握しようとする限り、現在の構造からの本質的な
均衡移動はない、ということです。
学歴で測定されているものの代わりにどんな数値(e.g.資格)を持ってきて測定しても、これは同じ。
有利に働く層がほぼ変わらないからです。
ドラエモン氏が以前、お書きになっていた《遅咲き》=晩成型の人材の可能性を
効果的に評価する方法はないので、晩成型の個人は結果的に低い評価を得ることに
ならざるを得ませんね。これは就職の際の人材評価についても同じです。
今週書いた一連の事柄は「学力論」という領域に深く関係するのですが、そちらの
知識がなくても書ける形で進めました。それにもかかわらず十分まともなレスを
いただけたのは、常連諸氏の質の高さに由来します。
ところですりらんか氏は、最近忙しいのかな?他のスレッドでも長文のレスをお見かけ
しません。
139 名前:すりらんか 投稿日:2000/09/29(Fri) 14:31

>先公どの
ご明察.週明けには復活します.
140 名前:先公 投稿日:2000/09/29(Fri) 16:07

>すりらんか氏
よろしく。それにしても専門じゃないのに、あなたは日本の教育の置かれた現状を
よく把握してますね。その点に関してはほんと、頭が下がります。教育については
文学や社会学の連中と話をすることがあるのですが、基本的に文学の人士は現状に
ついて無知=自分は勝手に本読んで一人で賢くなったと思ってるのも多い。学校は
無意味だとか行く必要がないとか、菅直人みたいな暴論吐くこともしばしば。
社会学の人士は衒学的=あんたの印象批評は宮台みたいで現実認識から間違ってるぞ
というのが多くて、話しても不毛でうんざりしています。
141 名前:感想1 投稿日:2000/09/30(Sat) 16:55

 「ある均衡から別の均衡に移る」などと用語さえ使っていればもっとも
らしい意見に思えるから不思議ですね。
 知識の剥落とおちこぼれ(あるいは大学の大衆化)という二つの
問題点を示し、それぞれについて論じた後、企業採用と学校歴の話
になっているようです。
 学校歴で就職が決まるのは不公平だというのは偏った考え方の
一つなので僕には関心がないのであらためてコメントはしません。
 クローズアップ現代でやっていた(と思うのですが)ですが、
最近学生が授業中に教室から勝手に出たり入ったりしていたりする。
その原因の一つは安易に情報を手に入れることができるテレビの
影響があるのではないかとありました。細切れの知識しかテレビでは
得られないのですが、情報量は多いわけです。それで、情報を
ファーストフードのように消費することになれた学生は、知識を安易に
得られるものと考えてしまう。教室でじっと黙ってすわって、先生の
話を聞く忍耐を持たないし、先生の授業はテレビほどは情報量が豊かでは
ないというわけです。(授業中にフライドポテトを食べることさえ
できないなんてかわいそうですね)
142 名前:感想続 投稿日:2000/09/30(Sat) 16:58

知識がファーストフードであるからありがたみもない、
むしろ学校という権力の臭いがいくらかするところで得た知識なんて
社会生活を送っていくうえで有害以外の何者でもない。
試験が終わったら捨ててしまおう。隅田川の鵜で結構!と開き直る
とテレビで言っていました。

 それで後日新聞には、学生がインターネットで直接、研究所にある最先端
情報にアクセスできるように文部省はしようとしているとありました。
つまり、最先端の原子顕微鏡を遠隔操作したり、研究所のパソコンにある
DNAの絵を見れるようにするということです。テレビに負けないくらい
ビジュアルで多方向性を持った授業を展開すれば学生も飽きないだろう
という発想でしょう。テレビをなくすこともできないのでいくらかは卓見
だなと思います。(テレビが普及すると日本国民は白痴化すると言った
池田元首相の言葉は当たっているということ)
143 名前:感想続続 投稿日:2000/09/30(Sat) 16:59

 学生が勉強しないので、「どの大学を卒業するかが企業の採用基準である
ことを改めることが大切だ。どんな勉強をしたかを統一試験でテストする
べきだ。また資格で採用するべきだ」という意見があった(かな?)とも
思うのですが、優秀な人材が企業に就職したからといってその企業
がのびるとは限らないわけで、いわんや経済全体をば でありまして、
教育内容を身につけていることと、実業で人並みにやっていけることは別なの
だと思います。(有名大学の学生は安定しているので無難だという意見
も先にありましたね。)だから学生に勉強させるために、学歴インフレーション
を起こすことは間違っていると思います。(つまり学部卒でなしに大学院卒
が企業の採用にとって重要などという高学歴社会を作るべきではないです)
 経済が成長するためには、実業の人たちが誇りを持ってその仕事をできる
ことが必要です。向いた職種では十分に報酬が得られることが必要です。
 「学歴があれば大企業のホワイトカラーになれる。たとえば一流の証券会社に
努めている人は、中小企業の工員とは人種違って優れた人材なのだ。」と
いうような雰囲気を無くしていくことが必要です。企業系列の中の序列があり、
賃金体系も親会社が下請けよりも高くなったりしているので、「みんな差別を
しないようにしましょう」と申し合わせても無駄です。たとえば政府が
土木作業の従事者の賃金の最低賃金としてかなり高い値をつけるとか、
農産物の消費価格は何円以上でなければならないというように規制を設けて、
誰も好きこのんでは就きたがらない職種をより魅力的にすることが必要
なのではないかとは思います。また公共事業などを通じて地方を魅力的にして
、中央との格差がなくなるようにすることも必要だと思います。
 要するに学歴社会をなくすためには、学歴を得ることがあまり魅力的では
ないような社会へと変えていくことだと思います。それによって、優れた
人材が適した職業を選ぶことで経済は成長すると思います
144 名前:ドラエモン 投稿日:2000/09/30(Sat) 17:13

>141氏

でも、テレビが90%以上の家庭に普及したのは40年位前の話だけどな。先公氏
の説明によると80年代以降でしょ、知識の剥落とか深刻な問題になったのは。
145 名前:ドラエモン 投稿日:2000/09/30(Sat) 17:22

>141−143

なんか、ちゃんと過去レス読んでます?別に、実社会で役に立たなくてもいい学問
を、無理して学生にやらそうとか誰も言ってないんですけど。

むしろ、工業高校みたいな専門教育が衰退して、無駄な大学生(と称する層)が
増えるのは、社会的に非効率だと考えてる人ばっかりなんだけど。

それにも関わらず、一方では高度な情報処理能力の必要な職種に対する需要が急増
していて、大学院教育を受ける数も増えている。結果として、勉強しないし実務も
知らない階層と、専門家層に、階層分化が生じてしまうのを、ここのみんなは危惧
してるんです。
146 名前:先公 投稿日:2000/09/30(Sat) 23:10

>141〜143
学生や生徒が落ち着きのない態度をとるのはTVのせいだというのは理解できません。
しかし、TVで流されてる情報を裏付けなしで真に受けてお書きになったコメントで
あることは理解しました。
「クローズアップ現代」にどの程度の権威があるか、私は知りません。コメンテータ
誰であったのか……佐藤学あたりも最近、いいかげんなことメディアで吹聴してるが、
そこまでデタラメ言うかな……??ま・誰のコメントでもいいんですけど。
以前にも書きましたが、いわば教育評論の看板を掲げたクーさんですなー。
このように近代教育史上における歴史的現在の位置も、教授・学習の意味も、
それから学力の定義も無視した「受信者が聞きたがってるわかりやすい説明」
だけが喧伝され、教育論議は曲げられていくのでした……





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