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経済と教育・教育と技術進歩

119 名前:先公 投稿日:2000/09/26(Tue) 23:28

>117・118こてはん29氏
>どこの大学に入ったかというヨコの学歴主義ではなく、
>修士をとったかとか、どれだけのスキルを身につけたかと
>いったタテの学歴主義がハードに進行するかと。

これはすでに前哨戦が教職という学歴重視の職種で始まってますねえ。
後半でお書きになったことは現実になっています。他の職種はどうなのかな?
ただ、前半についていえば、修士課程修了者についても、私の出身大学と・国立では
学芸大が、短期の即戦力雇用(非常勤、産休)でも結果的に巨大派閥を形成してしまって
いるみたいですよ。コネ採用は以前に比べてかなり減っているのに採用される比率は
上がっているみたい。「タテの学歴主義」においてもすでに「ヨコの学歴主義」が進行
してる感があります。短期間の雇用であってもリスキーな人材ははじいてますね。
以上は首都圏の話ですが。
学歴やスキルを必要としない短期労働力についてはどうでしょうね。
120 名前:すりらんか 投稿日:2000/09/26(Tue) 23:42

>短期間しか雇用しないなら、多少リスキーな人材でもいいわけですし、
>内部で教育せずに、外部労働市場から人間を引っ張ってきて、
>人材育成は個々人の責任に任せるという方向性もあるでしょうから。

もちろんこてはん29さんが,「日本型雇用システムをおいといて」
書き込みしていると承知の上で,ひとこと.この方法だとFirm Spe
cificな人的資本は蓄積されないんですよね.日本型の雇用システム
がサバイブするのであれば是非とも維持したいと私は考えています.

また,欧米でも中堅クラスの労働者の企業間移動はそれほど盛んでは
無かったと思いますが?厚く優秀な中堅労働者を中心とした社会体制
は多くの意味で安定的な社会を達成できるのでは無いかと思います.
121 名前:すりらんか 投稿日:2000/09/26(Tue) 23:51

>先公氏

教職って小中高の先生ってことですよね!先公さんには失礼
な言い方で気分を害されると困るのですが,大学院レベルの
訓練が中等教育の教員に必要とは思われないんですけど??
良い先生か否かってのは,まっとうな大学での教育を受けて
いれば後は適性の問題だと思います.むしろ学歴(といって
ももちろん最低レベルの知識は要されるのですが)よりもよ
り適性ある人物を教育機関が取り入れているシステムにして
いかないと本当に日本の中等教育はやばいとおもいますがど
うでしょう.

上で長期雇用を褒め称え解いて朝令暮改ですみませんが,教
育機関は入口審査を適切な形にただすか,出口を広げる(や
めてもらう)がちょっと必要かも……と思ってきましたぞ.
122 名前:先公 投稿日:2000/09/27(Wed) 01:07

>121すりらんか氏
おっしゃる通り。教職についていえば、大学院修了なんて本来はムダ学歴ですよ。
大学院に行ってれば教員として優秀・なんて図式が成立するとは思えませんし。
ただねー、首都圏(都内+隣接都市部の意)の多くの私立校では、それも雇用する
際の一基準にはなってるみたいです。たいていの場合は求人票に書かないか、または
「専修免許取得者が望ましい」みたいに控えめに書いてはありますけど、いざ選考と
なると、書類審査の段階でかなりの学部卒業見込の人がはじかれちゃうみたい。
この職種に関していえば、いまどきの学部生はほんと気の毒です。
教職については、教員免許法の改正をもっと大胆におこなってよいと思います。
現在検討されている「有効期限制」は、更新の際、問題をおこして馘首された教員
(教え子をレイプしたとか・窃盗やったとか)に免許を再交付しないのが目的です。
この種の事例なんか、なぜ今まで教免を取り消さなかったのか不思議なぐらいですね。
資格により保護されている特殊な労働市場なんですから、資格そのものをこれ以上
取りにくくする必要はない(すりらんか氏提案の中途参入容易化のためにも)。容易化
するのには反対ですが。しかし、資格取消(not 停止)についてはもっと容易化されて
よいでしょう。それによってだいぶ風通しがよくなり、資質向上も期待できるんじゃ
ないでしょうかね。一度、資格を取得したら刑事事件を起こしても一生剥奪されない
という現行の免許制度は労働市場の自由化と労働力の質的向上を妨げていると思います。

しかし自由化をはかるにあたり、生徒のアンケートによるオストラシズムを導入する
ことには賛成できません。これは一時、話題となっていましたが、小・中・高の生徒が
冷静な価値判断によって教員をセレクトできるとは考えにくいですね。「好き・嫌い」
が基準となって、現場の教育実践が生徒のご機嫌取り中心に振り回される危険性が大。
これは余談ですが……。
123 名前:渦巻き 投稿日:2000/09/27(Wed) 10:06

ちょっと横レス
>こてはん29さん
まだ恐竜が地上を支配しているころ、渦巻きがとっていたミクロ経済学の先生が
「なぜ企業は有名校出身者をとりたがるのか?」をagency problemの例として
とりあげたことがありました。
採用の時点で売り手(=求職者)と買い手(=企業側)との間には
非常に大きな情報格差があります。売り手側はマイナス要因を出来るだけ隠そうとする
構造があるため、買い手側は本当に欲している正確な情報(労働力として
どれだけの価値があるか)を得にくい構造になっています。
(どういう人がいい人材かは本質的に難しい問題なのですが、それは横においておいて)

これは中古車市場の構造に似ています。中古車市場では、この格差解消のために
売り手・買い手のほかに中立的な評価を下す「格付け業者」が出現しています。
買い手としてみれば、安心ですよね?ところが「格付け業者」の出現は
その取引以外にも影響を及ぼします。全く問題がない中古車であっても
格付けを得ていない中古車は「何か隠したいことがあるのでは?」
と買い手から見なされるため、買い手の評価が低くなります。
本来、車の価値は「走る道具」としての能力で決まるはずなのに
格付けの有無が価値に入ってきてしまうのです。

話を採用市場に戻すと、企業側は直接求職者から得られる情報では不安なため
「格付け」と同じ機能を「学校」に求める、という仮説がたてられます。
そして企業が「学校」を重視しているという情報が社会に行き渡った時点で
「企業が評価する学校に入らなかった」求職者は格付けを得ていない中古車と
同じように見なされます。

奇妙かつ大事なことは、このようなSignalling Effectは「学校で行われる教育」の質と
必ずしも直接関係していない、ということです。また、Agency Problemが存在する限り
「学校名」が指標にならなくても、ほかの指標(たとえば資格とか)が同じような
使われ方をしてしまうだけなんじゃないかな、とも思っています。

長文かつルーズな説明で失礼しました〜。
本題にお戻りください。
124 名前:先公 投稿日:2000/09/27(Wed) 16:28

>渦巻き様
123のような説明は私にはできません。
ありがとうございます。
125 名前:こてはん29 投稿日:2000/09/28(Thu) 01:32

すりらんかさん>
>また,欧米でも中堅クラスの労働者の企業間移動はそれほど盛んでは
>無かったと思いますが?厚く優秀な中堅労働者を中心とした社会体制
>は多くの意味で安定的な社会を達成できるのでは無いかと思います.

それはその通りなんですよ。実際、ある程度年齢が上がったら、仕事の
中身に管理的な要素もでてきますから、その時点の長期雇用は、企業特殊的
なスキルを蓄積・活用する上で、望ましいと私も思うのですよ。

ただ、学卒後60近くまでずっと同じ会社という長期雇用はどうかなって
疑問に思うのですよ。若いうちから、ウチの会社のオキテとか社内人脈に
詳しいとかいう変な企業特殊的スキルを蓄積するのも個人的には問題だと
思いますからね。

それで、若いうちは、それこそ経済学(経済学が適切な例かは分かりませんが
)のように転職しても通用する普遍的なスキルを身につけたほうがいいと
思うので、多少の転職も可と私は思っているわけです。次の就職の際には、
職歴なんかも加味されるので、大学名だけの選抜なんて行われないですから。
また、現在みたいに、急速に変化しているときは、産業構造の調整も、
内部労働市場だけに頼るよりも、スムーズにいくと思いますしね。

もちろん、若年失業=社会不安の可能性もありえるのですが。
事実、目下進行中の(若年中心の)人材の流動化も、その原因は、単に
不景気で、バブル期と違って満足な職にありつけなかったからだという説も
ありますからね。

渦巻きさん>奇妙かつ大事なことは、このようなSignalling Effectは「学校
>で行われる教育」の質と必ずしも直接関係していない、ということです

そう、いわゆる日本的雇用システムでは、入社後に企業内教育を通じて
会社の色に染め上げなくてはいけないので、変に高等教育のような学が
あるのは生意気で邪魔なだけなのです。それで、大学入試で測ることの
できる潜在能力だけをみているということになるのですね。
126 名前:先公 投稿日:2000/09/28(Thu) 02:47

ところで、学校で行われている教育の質は測定可能なのか?
という問題はどうお考えでしょうか>諸氏

私は測定が困難だと考えます。基準の統一をしようがない。
127 名前:先公 投稿日:2000/09/28(Thu) 03:30

それから、気づいたことですが、
>次の就職の際には、職歴なんかも加味されるので、
>大学名だけの選抜なんて行われないですから
キャリアを加味されるというのは事実で、大学名だけの選抜ではない、という
表現自体は間違ってはいません。
しかし、似たようなキャリアの人材から第二新卒を採用する場合に象徴されるように、
やはり学歴第一主義はついてまわります。これは私も含め、多くの大卒転職者が体験
しているところです(してみないとなかなか実態はわからないかと思いますが)。
渦巻さんが取り上げた大学でどのような質の教育を受けたか・という点に関していえば、
大学側が提供した教育の質のみ視野に入れるのでは不十分で、当然、受容した側の質
(学習力とその結実)とを勘案しなければなりません。同じ講義や演習に参加していても
まず態度的なもの(礼儀に非ず)、そして個々の学習者の内部に蓄積され、形成された
知識と思考力に差異を認めないわけにはいきませんね。
しかし人材を採用する企業側にとって、そのような個々の態度的なもの、内部に形成
されたものの質を測定することは、きわめて困難ということになります(面接はそれを
測定する手段の一つですが、短時間での測定が現実的に不可能なのは周知の通りです)。
したがって企業が新たな人材候補を選考する際に測定の確実な基準とし得るのは、
どこの大学の入学試験を突破するだけの能力を個人が有していたか(そして現在もいる
と思われるか)という、65で断りを入れさせていただいた「ペーパーで測定できる」学力
≒受験学力であり、それに頼らざるを得ない面があるのは、致し方ないと思います。
これは高等教育までの段階が大衆化している今日の日本社会からできあがったシステムと
言えるでしょうね。(戦前の採用はむしろ欧州にみられるスタイルに近かったのでは?)
その点を視野に入れない限り、「ここが変だよ日本人」なんてTV番組レベルの議論に
なってしまうおそれがある。
128 名前:こてはん29 投稿日:2000/09/28(Thu) 03:43

そうですねえ。これまでの議論が逸れるだけなら、ちょっと歓迎し
かねる部分もあるのですが。質問の本意が分かりかねるところも
ありますし。

>ところで、学校で行われている教育の質は測定可能なのか?
>という問題はどうお考えでしょうか>諸氏

教育を受けた学生ということでいえば、GREの点数とか大学の成績
(これは、大学の教育プログラムを評価できるかとかの要素もある
のですが、これを始めると学歴ネタに移行しそうなんで厭なんです。)
とかがある程度の大ざっぱな指標として考え得るでしょうね。

実際、有名大出だけだというだけで、どんどん就職できたバブル期と
違って、学生の就職の厳しい現在では、大学の成績の影響力が有意
らしいとかいう実証研究が最近出ていた記憶があります。

この傾向が、temporaryなのか、それともpermanentで、日本型雇用
システムを揺るがすまでにいくのかは分かりかねますが。
129 名前:こてはん29 投稿日:2000/09/28(Thu) 04:05

>先公さん
>似たようなキャリアの人材から第二新卒を採用する場合に象徴されるように、
>やはり学歴第一主義はついてまわります。これは私も含め、多くの大卒転職者が
>体験しているところです

それは、そうなんですよ。渦巻さんの解説を引きますと、
渦巻さん@123>
>そして企業が「学校」を重視しているという情報が社会に行き渡った時点で
>「企業が評価する学校に入らなかった」求職者は格付けを得ていない中古車と
> 同じように見なされます。

ですから、
先公さんの世代では、入試時点の受験学力がその人個人の能力を測るに
望ましいというコンセンサスが企業、受験生双方でできていたので、
学歴第一主義になるわけです。

よって、現在のように、受験生が受験勉強をほとんどしなくなる傾向が
強まれば、受験学力を、その人の能力の代理変数として用いることは
難しくなるだろうということはあり得るのではないでしょうか。


( 役に立った! | 元スレ )
130 名前:先公 投稿日:2000/09/28(Thu) 08:39

>現在のように、受験生が受験勉強をほとんどしなくなる傾向
う〜ん……高校生も二分化の傾向を強めているという話なら分かりますが、
受験生が受験勉強をほとんどしなくなる、というのはないですね。
のんびりしていた私らの頃に比べ、進学校、受験校では受験勉強をむしろ
よくやってますよ。

それから、学歴ネタなんぞとはむしろ逆ですね、レスをお読みいただければ分かる
と思いますが。
「個々の学習者の内部に蓄積され、形成された知識と思考力」をどう評価するかという点
の測定が困難であると書きました。この問題が要点ですね。これは教育評価の視点として
どう盛り込むかということで、ここ十年焦点となってきていることです。
「新しい学力観」という試行錯誤もその一つ。これは世間でだいぶ誤解されてますが。
131 名前:ドラエモン 投稿日:2000/09/28(Thu) 11:20

欧米の金融会社なんか見てるとわかるが、専門家というのは会社とは別に、
なんとなく緩いサークル(ギルドみたいなもの)を作っている。そこの人脈
で就職したり転職したりしてるなぁ。採用の決定権も、現場の専門家が握っ
ているからね。とはいえ、大学名とか学位は、やっぱりスクリーニングの手段
として、使わざるを得ないのも事実でしょう。ウォールストリートの投資銀行
にスタッフで就職しようと思ったら、やっぱりトップ20位くらいまでの学校
でMBA以上持ってないと、事実上門前払いだったりするからねぇ。
132 名前:こてはん29 投稿日:2000/09/28(Thu) 17:44

ドラエモンさん>
>大学名とか学位は、やっぱりスクリーニングの手段
>として、使わざるを得ないのも事実でしょう。

と、この発言で私はズッコけてしまったわけですが、学歴が
労働市場で何らかのスクリーニングの手段として効くという
ことは、さすがにここにおられる方々には共有されている
ことと思います。

ただ、それが日本の労働市場の変化に伴い、効き方のメカニズム
が変わる、つまり、これまでの均衡から違う均衡に動くのでは
ないかという話をしていたのだと思ったのですが。

あ、それと、別に学歴ネタが厭だから先公さんの質問で
議論したくない、わけではないですよ。
#先公さんとは議論がかみ合っていないようですが。
133 名前:先公 投稿日:2000/09/28(Thu) 17:56

どの点がかみ合っていないのか、私は存知あげませんが……。
人材評価に関する米国の事情は、ドラエモン氏、あるいは在米中のぼけ老人氏がご指摘
くださると思っていました。おそらく日本よりも特定の大学を出たか・出ていないかが
事実上の厳しい採用条件となっており、「大卒」だけでは話にならんという部分がある
と言えるでしょう。(もちろんすべての職種において・などとは言いません)加えて
採用候補者個人の持つ資格・資質ということでしょうね。このハードルというか人材
選別の基準は、むしろ日本よりも徹底しているようですね。
大学名に加えて採用条件を設定している・ということになりますか。
123で渦巻きさんがお示しになった、
>「学校名」が指標にならなくても、ほかの指標(たとえば資格とか)が同じような
>使われ方をしてしまうだけなんじゃないかな
という見方は卓見です。 1 学歴以外の資格等の条件の付加、あるいは 2学歴を選考
基準から外してそれ以外の条件を採用の際の指標にするケースを考えてみましょう。
従来、「一部の大学(・学部)名」vs「それ以外の大学(・学部)名」
による選別であったものが、1では
「一部の大学名+資格」vs「それ以外の大学名+資格」に置き換わるだけのこと。
2については一見、大学名を外したことにより逆転現象も起こり得るように思えますね。
しかし、すでに受験秀才としてペーパーテストによるすぐれた学力を示し得た「一部の
大学の学生」たちが、資格も取らずのほほんと就職の機会を喪失するのを傍観し、
「それ以外の大学の学生」たちの進出を許す、などということは、現実には考えにくい
ですね。すりらんか氏が20で
>最近の大学生はずいぶん自分で何とかする方向に向かってますよ(ダブルスクールなど)
と言及なさっていますが、これによってむしろ「一部の大学」と「それ以外の大学」の
就職をめぐる格差は拡大すると考えられます。大学名を外すことにより、「一部の大学」の
受験秀才たちの適応能力はいっそう際だつことになるのでは。(つづく)
134 名前:ドラエモン 投稿日:2000/09/28(Thu) 18:20

>こてはん29氏@132

うぅ〜ん。ずっこけられてもねぇ。別に、君と違う事言ってるわけじゃなく
て、常連以外で「アメリカは日本なんかと違って学歴社会じゃない」などと
思っている人もいるかなぁ〜と言う程度でかいたんですが・・・。
135 名前:先公 投稿日:2000/09/28(Thu) 19:08

均衡の重点は動かない、というより明確化されると考えるのが妥当でしょう。関門突破に
向けた行動に関して「受験秀才」たちの適応能力は高い。受験学力を人材評価の際に重視
することについて私が一定の妥当性を認める理由は、一部の夢見がちな人々(教員に限り
ません)が思い描く「大学入試で測定可能な能力 vs 「真の能力」」といった二項対立の
図式で個人の能力をとらえていないからです。これが私の立場。個人の「受験学力=有する
能力」という等式を単純に100%信頼するつもりはありませんが、入試の設問の要求を
理解し適合する解答を作成(選択)する能力を、独立して突出した能力ととらえることは
できません(例外的な「突出」組も必ずいますが、少数派にとどまっていますね)。
受験での学力測定は、本来総合的な測定が不可能である個人の能力というBlack Boxに
小窓を開けて、そこから潜在する総合的な能力(知力、思考力等)を推定するために
おこなわれています。ですから、人材としての質の差についても「なんだ・もっと高い
能力を潜在させていると思ったのに…」という期待外れのケースは生じても、「なんだ
・受験学力が低い者のほうがこんなに優れているじゃないか」という逆転は受験学力と
は無関係な身体の能力等(これを重視した職種の人事採用では、そもそも学歴は選考の
条件に入らない)を除き、通常、生じません。従って人材選考の際に特定の大学(学部)
を重視するという企業側の方針は、結果的には変わらないと考えられます。特に企業の
組織が大きくなるほど(いわゆる有名大企業)、「一か八か」でなく「発展させるにせよ、
まず維持が基本」となりますから。人事採用をめぐる日本の現状と将来は、上記に述べた
ような事情から、学力評価法と根源的な関連をもちます。いかなる「脱学歴主義」が提唱
されようと、今後は「大逆転」ではなく、結果として大学間格差の明確化により閉塞感を
強める方向で事実上、学歴主義に拍車がかかる可能性が高いと考えられます。
136 名前:こてはん29 投稿日:2000/09/28(Thu) 19:31

>常連以外で「アメリカは日本なんかと違って学歴社会じゃない」などと
>思っている人もいるかなぁ〜と言う程度でかいたんですが・・・。

そうだったんですか、それはすみませんです。

アメリカの話といえば、MBAの授業料って結構高いらしいですよね。
平均的な所得のアメリカ人がMBAに行くのは大変らしいですから。
それで、MBAは学力というより、むしろ、そこに通えるだけの経済力
を持っていることのシグナルになっているのだという説を聞いたこと
があります。
137 名前:先公 投稿日:2000/09/28(Thu) 19:38

>136
あなたむしろこれまでの議論からそれてない?
酷な言い方ですが。
138 名前:先公 投稿日:2000/09/29(Fri) 06:24

 【とりあえずの整理】
要は定点観測の値に頼って能力を把握しようとする限り、現在の構造からの本質的な
均衡移動はない、ということです。
学歴で測定されているものの代わりにどんな数値(e.g.資格)を持ってきて測定しても、これは同じ。
有利に働く層がほぼ変わらないからです。
ドラエモン氏が以前、お書きになっていた《遅咲き》=晩成型の人材の可能性を
効果的に評価する方法はないので、晩成型の個人は結果的に低い評価を得ることに
ならざるを得ませんね。これは就職の際の人材評価についても同じです。
今週書いた一連の事柄は「学力論」という領域に深く関係するのですが、そちらの
知識がなくても書ける形で進めました。それにもかかわらず十分まともなレスを
いただけたのは、常連諸氏の質の高さに由来します。
ところですりらんか氏は、最近忙しいのかな?他のスレッドでも長文のレスをお見かけ
しません。
139 名前:すりらんか 投稿日:2000/09/29(Fri) 14:31

>先公どの
ご明察.週明けには復活します.





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