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経済と教育・教育と技術進歩

108 名前:ドラエモン 投稿日:2000/09/24(Sun) 04:33

>先公さん@105

そう言えば、確かに僕が中学生頃、子どもが左翼にインスパイアされるのは問題
だとしても、ちゃんと社会問題は考えさせるべきで、はやり始めたエロ漫画の蔓
延とかのほうを問題視すべいだとウチのカアチャンがPTAで言ったら、「バリ
ケードの中は乱交状態」とかいってよそのオカアサン達に滅茶苦茶叩かれたらしい。

思えばその頃から、「サヨになるくらいならハレンチ学園読んでいてほしい」とい
う声は強かったんだよね。そうすると、寄って集って教育水準下げていく利害構造
が分かるような気もするな・・・。

(青少年(40歳以下)への注)ハレンチ学園というのは永井豪のマンガで、少年
マンガ週刊誌に初めて大手を振って出てきたエロ(当時の水準規準)マンガ。それ
までは、科学技術の限界やら社会問題を重視する姿勢を示すのが当たり前だったか
ら(鉄腕アトム、エイトマンですら)、スカートめくりが基本のこのマンガの登場
で子どもの世界は激変した。
109 名前:先公 投稿日:2000/09/26(Tue) 02:00

……てなわけで、一旦は「原因不明」ということにしておきましたが、
そろそろ「なぜ若い世代の教育は剥落するか」という答えが見えてきたかと
思います。
多分に構造的な原因が存在するということです。
経済学に限らず、全方面で学徒の人材は当面低下すると思われます。
これが経済発展にどのような影響を与えるかはわかりません。それは、私が
ここのみなさんにお聞きしたい一番のポイントです。現在の日本のように政策的に
(というか政策の誤りが続いて)教育の質が下げられ続けた場合、どのような影響が
予想されるのでしょうか?
技術進歩については結論が見えやすいんですけどね……。
110 名前:ドラエモン 投稿日:2000/09/26(Tue) 09:22

>109
結果的に、アメリカに似た状況になると言うことでしょうな。大学院(国内
留学両方)進学は以前より経済的には容易になってる。その結果、比較的少
数の良くトレーニングされた知識労働者と、無学な大衆に階層分化が始まる
が、それが現在のリストラ情報化によって一層拍車を掛けられる・・・。

経済的帰結は、所得分配の不平等の進行と相対ローテク製造業の空洞化の進
行ってなところかな?
111 名前:すりらんか 投稿日:2000/09/26(Tue) 10:15

>ドラさん
デジタル・ディバイドの話とも近い話ですよね.
ただ,私の希望(感情的)を書いておくと日本は
高度成長を通じて,ホワイトカラーとブルーカラ
ーの差を広げないで済ませてきた.何とかして所
得格差なしのIT化は無いものかと思うのです.
112 名前:ドラエモン 投稿日:2000/09/26(Tue) 10:37

>111
だけど、先公氏の説明によれば、そのための教育面での条件自体消滅して
いるんではないかい?
113 名前:先公 投稿日:2000/09/26(Tue) 16:32

>112ドラエモン氏
う〜ん。ご明察。なくなってるんですよねえ、実質的には。
ただ、ある日突然その状況に大きく切り替わるわけじゃなく、
少しずつ変化してきてるから見えにくいんだと思っています。

>111すりらんか氏
70年代まで「普工商」と番外地扱いの「農」でやってきた労働力の
育成が、80年代以降は完全に「普」のみに集中しちゃってますからねえ。
生徒減少の傾向に対応した高校のリストラをみても、公立は商・工の統廃合
がまず徹底されています。ただでさえ少ないのに一度に三校統合・夜間の
全面廃止なんて例がある(神奈川県)。全日制普通科に比べ、元々の志望者が
底に近いところまで減っているからなあ。人気がないんです。
私立でも生き残りをかけた学校では、実業系の学科をつぶして特進クラスや
スポーツ選抜クラスに切り替えてるところが目立ちます。これは生徒集めの
都合でしょうね。
中等課程での実業教育は都市部を中心に壊滅的と言える状況ですから、
結局残るのは、
 ・旧帝大系を頂点とした国立トップ校・あるいは早慶上智等私大有名校
  に進学して待遇のよい職にありつける者
 ・ろくなスキルも教養もない状態で社会に出される・あるいは看板のみ
  「大学」と記されている大学でのモラトリアムを経て同様の状態に
  置かれる者→低賃金の職に甘んじるか、フリーターとして不安定な
  収入状態でしか生きられない者
へと二極化する傾向を強めていく「普通高校」がほとんどでしょう(現在
すでにかなりその方向へと進んでいる)。さらには、とりあえずの「高学歴」
で就職できるというありがたみもだいぶ薄れてきてますよね、多くの大学で。
114 名前:先公 投稿日:2000/09/26(Tue) 17:25

追加:PCの普及はもう少し拡大するでしょうけれど、どこまでのレベルを仕事で使い
こなせるかによって、IT化の進展はもっと労働力の質的格差を拡大すると思われます。
実際、その方面では比較的差が生じなかった教育労働の現場で、過去10年の間に
コンピュータを使って教材が作れる理数科の教員=魔術師  から
      ↓
ワープロソフトの使用やエクセルによるデータ集計・管理ができない教員
=人間のクズ、廃棄物扱い   へと
激変した現場の話も耳にします。企業なんかじゃもっとすごいことになってるんで
しょうね。IT化進展以前の段階ですでにこうですから……。
明治期に採用し、今日まで「教育」と名の付くすべての活動のベースとなってきた、
   新知識・技術の教授→習熟・熟練度による階層の振り分け
というヘルバルト式教授法がもたらす結果の特質を顕示する局面となった感があります
(このへんになるとどうしても教育学の専門用語に頼らざるを得ない)。

ちなみにぼけ老人氏が取り上げた思考力の育成に関する問題は、新知識の注入と熟練を
目的としたヘルバルト式教授システムでは解決できません。私見では対極にあるエレン・
ケイやモンテッソーリの教授論をベースに加えて教育を再構築する必要があると思われ
ますが、これらの教授論は「人権派」を標榜する教員により、甚だしく歪曲された形で
現場に持ち込まれ、生徒を過保護状態で社会に送り出す最悪の結果を助長しています。
もう一つついでに。プラグマティズム=経験主義教育は、米国教育のベースになって
いますが、これは日本の実情には合いません。この板でも一度、話題に上ったような記憶
があるけれど、米国の学校(小か中)で株式の売買ゲームや企業運営ごっこをやらせる
のは「とりあえず実生活で使いそうな経験を積ませること」=教育 ととらえる米独特の
発想で、歴史と伝統を社会の背景に有していないから選択せざるを得ない教授方針です。
日欧でまねをしてもコケます(すでに日本では1940年代後半に試して失敗)。
115 名前:先公 投稿日:2000/09/26(Tue) 17:56

ちょっと意地汚い質問を。
>ドラエモン氏、すりらんか氏、諸氏
110での予想は現状をみる限り妥当だと私は考えています(異論歓迎)が、
仮にそのような社会的階層の分化へと推移した場合、
日本の経済成長(と技術進歩)の傾向にはどのような影響・変化が考えられますか?
116 名前:ドラエモン 投稿日:2000/09/26(Tue) 18:26

教育を通じた階層分化の急速な進展は、将来の話ではなく、既にはっきり
統計的に確認できるようです。これについては社会学者の書いた本が売れ
てるみたいですが、僕はまだ読んでない。
117 名前:こてはん29 投稿日:2000/09/26(Tue) 22:14

>教育を通じた階層分化の急速な進展は、将来の話ではなく、既にはっきり
>統計的に確認できるようです。これについては社会学者の書いた本が売れ
>てるみたいですが、

佐藤俊樹氏の中公新書の話は、ちょっとあやしいと思いますね。
戦後の混乱を経て、労働力移動が激しかった高度経済成長が終了
すれば、階層が固定化してきたように見えるのは、当たり前
でしょうとしか思えなかったですけど。それに、また
お約束の学歴社会批判かと少々うんざりしたのもありますが。
所得格差でいえば、現段階の金持ちって、バブル期に資産運用を
うまくやった年寄りみたいな人たちでしょうからね。

むしろ、階層分化が本格的に進む可能性はこれからですね。
どこの大学に入ったかというヨコの学歴主義ではなく、
修士をとったかとか、どれだけのスキルを身につけたかと
いったタテの学歴主義がハードに進行するかと。
もちろん、そういう傾向には、多大の反発が生じることも
容易に予想できますので、何とも言えないでしょうけど。
118 名前:こてはん29 投稿日:2000/09/26(Tue) 22:28

>>就職時に大学名だけが有効な、変な学歴主義が信じられている

>え?これは企業の人事担当としては当然の判断なのでは?
>大当たりの人材を発掘することよりも、はずれの少ない人材を確保することを
>優先するでしょうから。で、学歴で選ぶ。問題がないとは言わないが、人材選考法
>として理にかなっていると思いますよ。これを企業の外側から変えるのは無理でしょう。

それで、何で人事担当者がそうした戦略をとるのが最適になるのかという、
背景まで考えないといけませんよね。86でも書いたように、
学卒後に長期雇用し、そして、企業内教育により人材育成を計るという
前提ならそうした戦略が最適になるということではないでしょうか。

短期間しか雇用しないなら、多少リスキーな人材でもいいわけですし、
内部で教育せずに、外部労働市場から人間を引っ張ってきて、
人材育成は個々人の責任に任せるという方向性もあるでしょうから。


( 役に立った! | 元スレ )
119 名前:先公 投稿日:2000/09/26(Tue) 23:28

>117・118こてはん29氏
>どこの大学に入ったかというヨコの学歴主義ではなく、
>修士をとったかとか、どれだけのスキルを身につけたかと
>いったタテの学歴主義がハードに進行するかと。

これはすでに前哨戦が教職という学歴重視の職種で始まってますねえ。
後半でお書きになったことは現実になっています。他の職種はどうなのかな?
ただ、前半についていえば、修士課程修了者についても、私の出身大学と・国立では
学芸大が、短期の即戦力雇用(非常勤、産休)でも結果的に巨大派閥を形成してしまって
いるみたいですよ。コネ採用は以前に比べてかなり減っているのに採用される比率は
上がっているみたい。「タテの学歴主義」においてもすでに「ヨコの学歴主義」が進行
してる感があります。短期間の雇用であってもリスキーな人材ははじいてますね。
以上は首都圏の話ですが。
学歴やスキルを必要としない短期労働力についてはどうでしょうね。
120 名前:すりらんか 投稿日:2000/09/26(Tue) 23:42

>短期間しか雇用しないなら、多少リスキーな人材でもいいわけですし、
>内部で教育せずに、外部労働市場から人間を引っ張ってきて、
>人材育成は個々人の責任に任せるという方向性もあるでしょうから。

もちろんこてはん29さんが,「日本型雇用システムをおいといて」
書き込みしていると承知の上で,ひとこと.この方法だとFirm Spe
cificな人的資本は蓄積されないんですよね.日本型の雇用システム
がサバイブするのであれば是非とも維持したいと私は考えています.

また,欧米でも中堅クラスの労働者の企業間移動はそれほど盛んでは
無かったと思いますが?厚く優秀な中堅労働者を中心とした社会体制
は多くの意味で安定的な社会を達成できるのでは無いかと思います.
121 名前:すりらんか 投稿日:2000/09/26(Tue) 23:51

>先公氏

教職って小中高の先生ってことですよね!先公さんには失礼
な言い方で気分を害されると困るのですが,大学院レベルの
訓練が中等教育の教員に必要とは思われないんですけど??
良い先生か否かってのは,まっとうな大学での教育を受けて
いれば後は適性の問題だと思います.むしろ学歴(といって
ももちろん最低レベルの知識は要されるのですが)よりもよ
り適性ある人物を教育機関が取り入れているシステムにして
いかないと本当に日本の中等教育はやばいとおもいますがど
うでしょう.

上で長期雇用を褒め称え解いて朝令暮改ですみませんが,教
育機関は入口審査を適切な形にただすか,出口を広げる(や
めてもらう)がちょっと必要かも……と思ってきましたぞ.
122 名前:先公 投稿日:2000/09/27(Wed) 01:07

>121すりらんか氏
おっしゃる通り。教職についていえば、大学院修了なんて本来はムダ学歴ですよ。
大学院に行ってれば教員として優秀・なんて図式が成立するとは思えませんし。
ただねー、首都圏(都内+隣接都市部の意)の多くの私立校では、それも雇用する
際の一基準にはなってるみたいです。たいていの場合は求人票に書かないか、または
「専修免許取得者が望ましい」みたいに控えめに書いてはありますけど、いざ選考と
なると、書類審査の段階でかなりの学部卒業見込の人がはじかれちゃうみたい。
この職種に関していえば、いまどきの学部生はほんと気の毒です。
教職については、教員免許法の改正をもっと大胆におこなってよいと思います。
現在検討されている「有効期限制」は、更新の際、問題をおこして馘首された教員
(教え子をレイプしたとか・窃盗やったとか)に免許を再交付しないのが目的です。
この種の事例なんか、なぜ今まで教免を取り消さなかったのか不思議なぐらいですね。
資格により保護されている特殊な労働市場なんですから、資格そのものをこれ以上
取りにくくする必要はない(すりらんか氏提案の中途参入容易化のためにも)。容易化
するのには反対ですが。しかし、資格取消(not 停止)についてはもっと容易化されて
よいでしょう。それによってだいぶ風通しがよくなり、資質向上も期待できるんじゃ
ないでしょうかね。一度、資格を取得したら刑事事件を起こしても一生剥奪されない
という現行の免許制度は労働市場の自由化と労働力の質的向上を妨げていると思います。

しかし自由化をはかるにあたり、生徒のアンケートによるオストラシズムを導入する
ことには賛成できません。これは一時、話題となっていましたが、小・中・高の生徒が
冷静な価値判断によって教員をセレクトできるとは考えにくいですね。「好き・嫌い」
が基準となって、現場の教育実践が生徒のご機嫌取り中心に振り回される危険性が大。
これは余談ですが……。
123 名前:渦巻き 投稿日:2000/09/27(Wed) 10:06

ちょっと横レス
>こてはん29さん
まだ恐竜が地上を支配しているころ、渦巻きがとっていたミクロ経済学の先生が
「なぜ企業は有名校出身者をとりたがるのか?」をagency problemの例として
とりあげたことがありました。
採用の時点で売り手(=求職者)と買い手(=企業側)との間には
非常に大きな情報格差があります。売り手側はマイナス要因を出来るだけ隠そうとする
構造があるため、買い手側は本当に欲している正確な情報(労働力として
どれだけの価値があるか)を得にくい構造になっています。
(どういう人がいい人材かは本質的に難しい問題なのですが、それは横においておいて)

これは中古車市場の構造に似ています。中古車市場では、この格差解消のために
売り手・買い手のほかに中立的な評価を下す「格付け業者」が出現しています。
買い手としてみれば、安心ですよね?ところが「格付け業者」の出現は
その取引以外にも影響を及ぼします。全く問題がない中古車であっても
格付けを得ていない中古車は「何か隠したいことがあるのでは?」
と買い手から見なされるため、買い手の評価が低くなります。
本来、車の価値は「走る道具」としての能力で決まるはずなのに
格付けの有無が価値に入ってきてしまうのです。

話を採用市場に戻すと、企業側は直接求職者から得られる情報では不安なため
「格付け」と同じ機能を「学校」に求める、という仮説がたてられます。
そして企業が「学校」を重視しているという情報が社会に行き渡った時点で
「企業が評価する学校に入らなかった」求職者は格付けを得ていない中古車と
同じように見なされます。

奇妙かつ大事なことは、このようなSignalling Effectは「学校で行われる教育」の質と
必ずしも直接関係していない、ということです。また、Agency Problemが存在する限り
「学校名」が指標にならなくても、ほかの指標(たとえば資格とか)が同じような
使われ方をしてしまうだけなんじゃないかな、とも思っています。

長文かつルーズな説明で失礼しました〜。
本題にお戻りください。
124 名前:先公 投稿日:2000/09/27(Wed) 16:28

>渦巻き様
123のような説明は私にはできません。
ありがとうございます。
125 名前:こてはん29 投稿日:2000/09/28(Thu) 01:32

すりらんかさん>
>また,欧米でも中堅クラスの労働者の企業間移動はそれほど盛んでは
>無かったと思いますが?厚く優秀な中堅労働者を中心とした社会体制
>は多くの意味で安定的な社会を達成できるのでは無いかと思います.

それはその通りなんですよ。実際、ある程度年齢が上がったら、仕事の
中身に管理的な要素もでてきますから、その時点の長期雇用は、企業特殊的
なスキルを蓄積・活用する上で、望ましいと私も思うのですよ。

ただ、学卒後60近くまでずっと同じ会社という長期雇用はどうかなって
疑問に思うのですよ。若いうちから、ウチの会社のオキテとか社内人脈に
詳しいとかいう変な企業特殊的スキルを蓄積するのも個人的には問題だと
思いますからね。

それで、若いうちは、それこそ経済学(経済学が適切な例かは分かりませんが
)のように転職しても通用する普遍的なスキルを身につけたほうがいいと
思うので、多少の転職も可と私は思っているわけです。次の就職の際には、
職歴なんかも加味されるので、大学名だけの選抜なんて行われないですから。
また、現在みたいに、急速に変化しているときは、産業構造の調整も、
内部労働市場だけに頼るよりも、スムーズにいくと思いますしね。

もちろん、若年失業=社会不安の可能性もありえるのですが。
事実、目下進行中の(若年中心の)人材の流動化も、その原因は、単に
不景気で、バブル期と違って満足な職にありつけなかったからだという説も
ありますからね。

渦巻きさん>奇妙かつ大事なことは、このようなSignalling Effectは「学校
>で行われる教育」の質と必ずしも直接関係していない、ということです

そう、いわゆる日本的雇用システムでは、入社後に企業内教育を通じて
会社の色に染め上げなくてはいけないので、変に高等教育のような学が
あるのは生意気で邪魔なだけなのです。それで、大学入試で測ることの
できる潜在能力だけをみているということになるのですね。
126 名前:先公 投稿日:2000/09/28(Thu) 02:47

ところで、学校で行われている教育の質は測定可能なのか?
という問題はどうお考えでしょうか>諸氏

私は測定が困難だと考えます。基準の統一をしようがない。
127 名前:先公 投稿日:2000/09/28(Thu) 03:30

それから、気づいたことですが、
>次の就職の際には、職歴なんかも加味されるので、
>大学名だけの選抜なんて行われないですから
キャリアを加味されるというのは事実で、大学名だけの選抜ではない、という
表現自体は間違ってはいません。
しかし、似たようなキャリアの人材から第二新卒を採用する場合に象徴されるように、
やはり学歴第一主義はついてまわります。これは私も含め、多くの大卒転職者が体験
しているところです(してみないとなかなか実態はわからないかと思いますが)。
渦巻さんが取り上げた大学でどのような質の教育を受けたか・という点に関していえば、
大学側が提供した教育の質のみ視野に入れるのでは不十分で、当然、受容した側の質
(学習力とその結実)とを勘案しなければなりません。同じ講義や演習に参加していても
まず態度的なもの(礼儀に非ず)、そして個々の学習者の内部に蓄積され、形成された
知識と思考力に差異を認めないわけにはいきませんね。
しかし人材を採用する企業側にとって、そのような個々の態度的なもの、内部に形成
されたものの質を測定することは、きわめて困難ということになります(面接はそれを
測定する手段の一つですが、短時間での測定が現実的に不可能なのは周知の通りです)。
したがって企業が新たな人材候補を選考する際に測定の確実な基準とし得るのは、
どこの大学の入学試験を突破するだけの能力を個人が有していたか(そして現在もいる
と思われるか)という、65で断りを入れさせていただいた「ペーパーで測定できる」学力
≒受験学力であり、それに頼らざるを得ない面があるのは、致し方ないと思います。
これは高等教育までの段階が大衆化している今日の日本社会からできあがったシステムと
言えるでしょうね。(戦前の採用はむしろ欧州にみられるスタイルに近かったのでは?)
その点を視野に入れない限り、「ここが変だよ日本人」なんてTV番組レベルの議論に
なってしまうおそれがある。
128 名前:こてはん29 投稿日:2000/09/28(Thu) 03:43

そうですねえ。これまでの議論が逸れるだけなら、ちょっと歓迎し
かねる部分もあるのですが。質問の本意が分かりかねるところも
ありますし。

>ところで、学校で行われている教育の質は測定可能なのか?
>という問題はどうお考えでしょうか>諸氏

教育を受けた学生ということでいえば、GREの点数とか大学の成績
(これは、大学の教育プログラムを評価できるかとかの要素もある
のですが、これを始めると学歴ネタに移行しそうなんで厭なんです。)
とかがある程度の大ざっぱな指標として考え得るでしょうね。

実際、有名大出だけだというだけで、どんどん就職できたバブル期と
違って、学生の就職の厳しい現在では、大学の成績の影響力が有意
らしいとかいう実証研究が最近出ていた記憶があります。

この傾向が、temporaryなのか、それともpermanentで、日本型雇用
システムを揺るがすまでにいくのかは分かりかねますが。





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