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数学的モデルの歴史とその特徴と使い方について

17 名前:gerard 投稿日:2002/07/06(Sat) 14:41

せっかく引用いただいたので参加させてもらいます。ただ、引用部分は私が
マクロやってない逃げ口上でしかないんですけどね。というか最近は怖くて
均衡以前の話しかしてない。。

>「くりこまれた個人」という言葉は、おおざっぱに言って、「集団全体を一人の
>個人のようにみなしたとき、その振る舞いは各個人の振る舞いとはかなり違って
>いる可能性が考えられる。それにもかかわらず、集団全体を一人の個人のように
>みなせるとき、それをくりこまれた個人と呼ぶことにする」のような意味で使っ
>ています。

「集団全体を一人の個人のようにみなせるとき」というのがどういうときなの
でしょうか?何がしかの(構造的に安定な)目的関数を最大化している
(それがパレート的集計かどうかはさておいて)、ということでしょうか?
(違ってたらスマソ)
もし個人の選好から形成されなくてよい、ということなら everything goes
(つまり結果の集合行動と整合的な目的関数がいくらでも恣意的に作ることが
できる)になってしまう可能性が高い。まあそこまでは言ってないでしょうが。
18 名前:俺の名無しさん 投稿日:2002/07/06(Sat) 14:58

代表的個人は、凸性に関してすこし条件きつくしてアグリゲイトしていって
凸集合になるようにつくるって感じに理解しているけど。MWGの4章だったかな。

独占的競争モデルみたいなところでの代表的個人は、differentiated goods買う
から、そもそもいると仮定しているような気もするんだけど、あれもなんか
からアグリゲイトしているの?よくわかってないや。

>>15
微小世界と人間大の世界でモノは振る舞いがちがうとか、くろき氏は統計力学
みたいなこといいたいんじゃないかなあ。でも経済学って応用だからそんな厳
密な意味でマクロとミクロって言葉を使ってないような気がする。
厳密さで言うと工学って言葉、いい言葉だね。てゆうか、それでいいじゃん。
19 名前:gerard 投稿日:2002/07/06(Sat) 15:05

突っ込まれる前に書いときますが、もちろんeverything goesは「ミクロ的基礎」においても
起こりうる。要は「納得」の問題ではないかと思う。
少なくとも私個人は仮にマクロにおいて近似でも漸近的でもなくなく‘exact’に正しい現象論があったとしても興味を持たないと思う。というのは大嘘で、大昔に惹かれたことはありますがw
20 名前:ドラエモン 投稿日:2002/07/07(Sun) 01:57

>ドブリューさん

でも、経済学が経験科学として何を説明すべきかと言う点で、安定的な現象の規則性って無意味
なものとは思えないんですが、駄目?
21 名前:ドラエモン 投稿日:2002/07/07(Sun) 03:26

>>15

ホモセティックな効用関数(相対価格が決まると消費支出のシェアが決まり、所得水準に
依存しない)であれば、分配効果を無視してかまわないから、代表的個人の想定が可能に
なる。ただし、これは各人の消費は所得弾性値が1であることを含意する。これは容易に
反証される仮定だよね。つまり、代表的家計は、厳密な意味では想定できない。その場合
ディープパラメータの推定を行ったとして、その結果が何を意味するのだろうか?

僕のような「いい加減」な連中は、そうしたパラメータが安定していれば、まあ良しとし
て、実際の分析や応用に投入するわけだが、それはあくまでも「経験的安定性」しか根拠
はないわけ。だって、マイクロファンデーション的には、厳密に「無意味だ」とわかっているわけだから。
22 名前:gerard 投稿日:2002/07/07(Sun) 05:44

>>20
どらさん。
いや、stylized fact は否定してないですよ。それを対象に統計的モデルを用いることも
否定してない、実際問題として。
私が言いたいのは、マクロの stylized fact のレベルにそのまんま
universality を求めることに意義を感じない、ということです。

だから工学としてならOK。ただし、この場合「こうしたらこうなる」の部分と厚生分析の部分とが切り離されるわけだから、厚生概念はよほど自明じゃなきゃいけませんが。
23 名前:俺の名無しさん 投稿日:2002/07/07(Sun) 08:51

>>1
こんなところで自己顕示欲満たしてないで、さっさとルーカス批判お勉強してザモデル氏と対決すればいいだろ
24 名前:くろき げん 投稿日:2002/07/07(Sun) 10:10

色々面白い話が出ているようですが、時間がないので「こんなところで自己顕示欲満たして……」と思いたがっている方およびその精神的なお仲間たちに対して一言。

私は「ルーカス批判」に意味がないなどと言ってない。

信頼できるモデルを作ることがおそろしく難しそうだから、ひとまず中間目標として micro foundation を重視する、ということであれば意味があると思う。

私が言いたいことは、どんなに micro foundation を持つモデルを考えても、 universality に配慮しない限り、信頼できるモデルは得られないし、おそらくモデルの信頼性を見積ることさえできないだろう、ということだ。

Micro foundation があろうがなかろうが、 universality が保証されてない (したがって信用できない) モデルに頼って政策提案するのは非常に危ない。信用できないモデルしか利用できない場合は、議論の良質なパッチワークを心掛けて、モデルの信頼性の無さが由来のリスクを減らすようにしなければいけない。

「専門知」について議論を始めると行き過ぎた肯定と行き過ぎた否定が出てきやすい。どちらの極論もうんざりするほど有害である。しかし、 universality という考え方を知っていれば極論を避けることができる。

しかし、非常に残念なことに、科学哲学の教科書には universality という考え方は私が知る限り全く登場しないようだ。だから、 >>11のリンク先の田崎さんは非常に素晴しい啓蒙活動をしていると思う。田崎さんは数学的モデルを扱うあらゆる分野に関係している基本的な考え方について説明しています。

まあ、いずれにせよ、時間を消耗するだけの不毛なギロンをするより、 informative な発言を心掛ける方が得だと思う。 >>23のような煽りはうざいので止めて欲しいものだ。
25 名前:gerard 投稿日:2002/07/07(Sun) 11:04

一部繰り返しになるけれども、
1:正直、くろき氏のおっしゃる universality を満たす理論が登場したところで経済学者が興味を持つとは思えない。
それじゃあ厚生分析できないから。

2:そもそも経済のようなメゾスコピックなレベルの運動において、人為と制度を離れたところにuniversality があるとは私は思わない。お天気じゃないんだから。
26 名前:俺の名無しさん 投稿日:2002/07/07(Sun) 12:11

くろき氏はもう少しミクロ経済学を勉強したほうがいい。
厚生経済学を学べば、経済モデルの不完全性はすぐにでもわかると思う。
それでもなおモデルがなぜ必要なのか、ということについて考察して
もらえるとありがたい。
27 名前:毒虫五郎 投稿日:2002/07/07(Sun) 12:18

>>26

補足すると「不完全性」の意味は、あくまでも黒木氏のいうuniversalityに対してのという意味です。あ、私が26の人ではないですので。26の人の意見に賛成します。


( 役に立った! | 元スレ )
28 名前:俺の名無しさん 投稿日:2002/07/07(Sun) 13:04

「繰り込まれた個人」というのに正確に対応する経済学的な概念があるのかどうか
は微妙だが、少なくとも、「代表的個人」、「代表的企業」よりは、「階級」という概念
はある程度は対応するのではないだろうか。ただ、問題は「階級」に属する主体の
特徴から、「階級」の特徴を導出できるかどうかはよくわからない。
結局、普遍性が経済学のモデルで保証されるかどうかだが、ザモデルを含めて、
そんなモデルは経済学には存在しないのでは。
29 名前:俺の名無しさん 投稿日:2002/07/07(Sun) 13:44

...the interesting question is surely not whether [the RBC]can be accepted
as "true" when nested within some broader class of models.
Of course the model is not "true": this much is evident from the axioms
on which it is constructed.
We know from ths onset in an enterprise like this (I would say, in <i>any</i> effort
in positive economics) that what will emerge -- at best -- is a workable
approximation that is useful in answering a limited set of questions.
Lucas, Models of Business Cycles,p.45

興味深い問題とは、より広範な他の種類のモデルの中でそれ[RBC]が
「真」のモデルと認められるかどうかという問題でないことは明らかである。
もちろん、そのモデルは「真」ではない。このことはそれが前提としている公理から自明である。
このような試みにおいて(というよりも実証経済学におけるいかなる研究においても)
望みうるのは、せいぜい、ある限られた一群の問題に答える上で有益な近似を得ること
にすぎないという点は、当初からわかっていることである。
30 名前:俺の名無しさん 投稿日:2002/07/07(Sun) 14:41

>>24の内容自体が、まさに「不毛な議論」だと分からないのが見ていて痛い。
ここは謙虚にミクロ経済学・厚生経済学、あるいは、ルーカス批判について
少しは独力で学ぶ(あるいは理解しようとする)姿勢をとることを薦める。
学んだ上で素直に質問すれば、きちんと答えてもらえるだろうし。
31 名前:俺の名無しさん 投稿日:2002/07/07(Sun) 14:48

>>24
因みにmicro foundationというのは、単なるお飾りではないよ。
universalityどうのこうのという自分の理屈だけでなく、なぜ経済学の中で、特に政策を論じるときにmicro foundationが必要とされるのか、その理由くらいは学んで欲しいと思います。ルーカスがノーベル賞を取ったのにはそれなりの理由があるわけで。
32 名前:ドラエモン 投稿日:2002/07/07(Sun) 16:27

>>30,>>31

君たちの言うことは、経済学のお約束からすれば、100%正しく、黒木氏や僕はトンデモだ。
それは認める。

黒木氏はともかく、僕にすると問題は、物理学と違って経済学の理論の発展は、適用範囲を限定
すれば盤石なものの一般化ではないということなんだ。精密になればなるほど経済理論はある意
味で怪しくなるんじゃないかと思う。なぜなら、緊密に統合された理論体系は、それ故に前提の
妥当性が否定された段階で、体系全体が潰れてしまうからだ。

だとすると、究極の理論が出てくるまでは、いつ潰れるか分からない怪しい理論に基づいて政策
を論じざるを得ないと言うことになっちゃう。それじゃあ、経済学サークルの中ならともかく、
外部への説得力はないし、経済学内部でも検証・反証の困難な統合モデルの妥当性を巡って年中
論戦が続き、合意すら得られがたい事になる。

これでは不味いだろうというのが、僕の立場(恐らく黒木氏も同じ)である。この問題を解決す
るには、universalityの高い仮説の共有化を進めて、多くの点で相違している学派であっても
一定の合意にたどり着き、経済学外部も説得できる枠組みが必要なのではないかという事。

でも、こんな事言っても、まあ理解はして貰えないと思う。僕自身、昔はそういう経験主義者の
ような奴を見ると「理論なくして認識無し!」と爆撃してたからな。こういうのは、経済学外部
の人や、そういう人に分析や政策を「売り付ける」立場にならないと、死活的に重要とは思えな
いのは良く分かるよ。
33 名前:俺の名無しさん 投稿日:2002/07/07(Sun) 16:45

意図はわかるが、意味がわからない書き込みだなあ。
34 名前:ドラエモン 投稿日:2002/07/07(Sun) 17:19

>>33

一言で言えばね、ザモデル氏は「可能な限り先端に近いところでコンセンサスのできるレベル」
を目標にしてカキコをしているが、僕は「最低の合意できるレベル」の確認を目標にしてカキコ
してるということ。だから、「ここから下はトンデモ」という議論が重要になるが、そんなのを
相手にするのはザモデル氏に言わせれば時間の無駄ということだ。

過去2年間のカキコ少し読んで貰えば分かると思うけど、先端的だったり理論的に難しい話しを
「非現実的だ」「役に立たない」などと言ったことは一回もないよ、僕は。それはそれで良いと
思ってるし、その方面で自分に能力も知識もないには完全に理解してるからね。僕が声高に主張
してきたのは「どう転んでもこんな主張は成立しない」といったものを明らかにすることだと思
うんだけど、成功してるかどうかは、まあ分かんないけどね(笑
35 名前:ドラエモン 投稿日:2002/07/07(Sun) 17:23

連続カキコで済まんが追加。

その意味では、ザモデル氏が「動学的一般均衡モデルで語るマクロ経済政策」というスレを立て
ていてくれれば、僕はそういう議論に干渉したり邪魔したりする気は全然ないし、そもそもほと
んどカキコできないし、たまーに質問するくらいだったろうと思うよ。その方が、議論はスムー
スに進んでたろうと思うと残念だな。
36 名前:俺の名無しさん 投稿日:2002/07/07(Sun) 17:38

>32
トンデモとは思わない。エコノミストは初心を忘れるんだろう。
「経済学のお約束」=街灯の寓話

30,31は、自分自身分かってるとは思えない、
確かに、Lucasはマクロや軽量経済学の仕事の仕方を変えた、
分析上の技術的発展はあるかもしれんが、
政策立案に役立つような理論や原理が新たに発見されたことは無い。

街灯の寓話:街灯の下で落とした鍵を探してる人を見かける。
      声をかけると、「あっちで落としたんだが、向こうは明かりが無いから、
      ここで探している」と答えた(笑)
37 名前:歌舞音曲 投稿日:2002/07/07(Sun) 17:55

>>34、35

ここ数日我慢(何を?)してたがもういけません。銅鑼氏の提案に激しく同意。ちょっとくろき氏の発言は長すぎてフォローできないが、34、35の銅鑼氏の発言はまっとうなものだと思う。それと誰かが書いてたけど、有効需要が所得再配分としてみなせる観点なんかは理論的には正しい余地があっても、この数年の長期(8を寝転ばす)の停滞を説明する上ではお笑いというか危険なもの。なぜならまかり間違ってもこの十年以上は所得再配分が改善されている。談合を規制した効果は? 政治の資金の流れは改善したのでは? トイザラスもできただろ? などなど。所得再配分の改善は顕著。こんだけ改善してても逆に有効需要(あるいは乗数効果?)が落ち込んでいるというみょうちくりんな帰結になる。もし有効需要が所得再配分的な観点で理論的に正しいと考えられても、そんなバカゲタ帰結を伴った政策なんか間違っても現世で生き残る可能性がないね。例の小林慶一郎ザモデルも同じ。何が国内で組織や企業に不信感が蔓延してDisorganizationだよ。証拠があればみたいもんだ。むしろそれは慶一郎の頭だ。暴言失礼。





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