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合理的な初等中等教育を

2 名前:教官 投稿日:2000/11/13(Mon) 06:54

もしも我々のこの認識が正しいならば、初等中等教育のあり方は自ずと明かだ
と思います。若い人間の教育には、資源(人材および時間)は(1)のトレーニン
グに集中させるべきだということです。

学力偏重是正の名分の下に(1)のトレーニングが減らされようとしていること
を真剣に憂います。好きなことをやるためには、(1)の力が必須な場合が多い
からです。つまり、(1)を見につけさせないことは、将来のその人間の選択の
幅を根本的に制限してしまいます。知合いに、年をとってから数学の勉強をは
じめたいといって高校の教科書を読んでいる人がいますが、かれの様子をみて
いると、悲しいくらいに程度の低いところでつまづいています。大学に入って
から子供の頃にピアノを習っていなかったことを後悔している友人もいました
がこれも同じですね。われわれは(1)が、年をとるといかに難しくなるかをつ
い忘れがちですが、ロシア語の勉強でもはじめるとたちまち身に染みてわかり
ます。あのアルファベットを覚えるのがいかに大変であることか。
3 名前:教官 投稿日:2000/11/13(Mon) 06:57

世間はこの議論とは逆の方向に進んでいるように見えます。
これは何故なのでしょうか?
4 名前:プロボーラー 投稿日:2000/11/13(Mon) 08:16

小生は高校生の時にもっと数学をちゃんと勉強しておけばよかったと未だに後悔しています。英語についても
同様です。後悔している大人は多いと思うのですが、教官さん同様に疑問に思います。
特に、IT云々を語る人たち(学者や政治家)はITの分母が算数と英語だということが分かっていないように思います。
で、仮説です。「先行者は後発者に優れた知能を持ってもらいたいと思うが、それは自分の知能を越えてはならない」
どうでしょうか。
5 名前:へなへな 投稿日:2000/11/13(Mon) 10:13

子どもの時に身につけやすいのは、単純な丸暗記を必要とするものです。
言葉の獲得などはその典型例。
子どもの知性の発達だとピアジェですけど、彼の実験を見ると本当に子どもが
数を理解したりするのには時間がかかるというのが分かります。

そして、大人になって身につけやすいのは、論理的に思考しながら身につけるようなものです。
とくに、大人の知性は 知識同士がネットワークを組むよう
(連想型とでも言えばいいのでしょうか)に作られるので、いろいろな知識や経験があるほど
身につけやすくなっていきます。

しかし大人になってから子どもの時の能力を絶対に獲得できないわけではありません。
ただ、勉強方法が違うだけなのです。そしてその方法の違いに気づかない人が多いのです。

だから、出来るだけ初期に重要な事は詰め込んでおくことは大切で、ゆとり教育は馬鹿げていますが
、絶対に取り返せないともいえないのです。
6 名前:名無しングエルス 投稿日:2000/11/13(Mon) 18:16

へなへなさん@05はわりと幼児・児童にウェイトが,
教官氏は中等教育にウェイトをかけてのお話なのかな.

教育スレに先公氏の膨大な研究成果(?)があるので是非ごらんあれ<教官氏

小学校段階で身につけるべき(または効率的に身につけることのできる)もの
が主に「規則」「ルール」の暗記であると言う考え方はまったく納得.まずは
なにかを語り得る土壌ができてないとしょうがない.小学生に「個性教育」(
あくまで「」つきで)が疑問なのはこれが理由です.

中等教育段階では,このルールと独創性のバランスが問題になってくると思う.
独創性と言っても日教組みたいな話ではなく,広い意味ではルールに入るかも
しれない.つまりは「論理」ですね.中高で「理詰めで考える」ことを教わら
ないと大学入って・おとなになってからでは結構厳しいと思います.数学は論
理を学ぶ絶好の教材なので・…中学で証明やらなくなってきてるってのは本と危
ない傾向だと思います.

教育というとすぐに個性とか独創性・自由みたいな定義不明の用語が飛び交っ
てしまうのですが,学ぶべきことは

・ルール
・論理

の二つしかない.なのに文部省は,小学校でのルールの詰め込みをやめ,
中高での論理のトレーニングをなくそうとしている.何であんな流れに
なるのか……疑問でしょうがないです.これでは国民経済の基礎である
人的資本が取り返しがつかんまで毀損しちゃうぞ.何にも(学校で勉強
を)やらないなら,もういっそ小学校から徒弟見習いでもさした方がい
いのではとおもっちゃう.

教育学者は何をやっとるんだ!
7 名前:すりらんか=06 投稿日:2000/11/13(Mon) 18:44

すてはんころころかわりすぎ.
8 名前:先公 投稿日:2000/11/14(Tue) 02:13

>06氏
揶揄するのはご自由ですが、あそこに書いた類は雑学的に入ってくる知識であって、
研究の成果などではありません。私は専門的な話に深入りしない旨を、どこかで
表明したはずですが。
経済学をすばらしい学問であると称揚なさる分に異論はありません。しかし、
そのためには他の学問研究領域を軽視することが必要なのですか?
9 名前:先公 投稿日:2000/11/14(Tue) 02:27

>教官氏
目玉焼きの作り方、ワープロの打ち方は、(1)の範疇に含まれると思います。
作業(労作)を通じて学ぶ技術習得自体に段階があります。
10 名前:先公 投稿日:2000/11/14(Tue) 02:48

さらに言えば、(1)と(2)で区分なさった能力の習得は、必ずしも
ご提示なさったような「若年」と年齢を重ねてから、の生存期間で時期的な
区分をしてよいのかどうか、少々疑問です。
特に、「若年」でない方のカテゴライズがあまりに広範であるように思えます。
中学生と高校生を便宜上、単純に比較してみても、成熟の度合いによる(1)(2)
それぞれの能力に関する獲得の度合いと仕方が異なります。
教育の全課程は(生涯学習としての、ですが)、川の流れにたとえて考えると
割合、イメージしやすいかもしれません。
同じ「川」でも山に登って発見する水源と、海に流れ込む河口とは明確に異なるけれど、
ところで、どこまでが「上流」でどこまでが「下流」、さらにはどこからどこまでが「中流」
と規定し得るのでしょうか?すべての川について同様の規定をあてはめることが
できるのでしょうか?まず、ここについて考察しておく必要があると思います。
たとえば(1)に属する能力で欠けているもの・不十分であったものを、ずいぶん
後になって習得するのは適切でない教育カリキュラムといえるのだろうか?
上記はほんの一例にすぎませんし、これが適切であるかどうか、夜分ですから十分な
検討を加える余裕がありませんが、大学へと進学しないorできない学力レベルの生徒さん
を教えていると、教育カリキュラムを単純なモデルで考えること=学習者を画一的な
モデルでとらえることに陥るおそれがあるのではないか、と疑問が湧いてきます。
11 名前:すりらんか 投稿日:2000/11/14(Tue) 13:46

06は純粋に先公さんを誉めたつもりなんだがなぁ,気分を害されたら失礼.
12 名前:先公 投稿日:2000/11/15(Wed) 02:00

文部省の方針に賛同する人も、反対する人も、すでに今日の中等教育の現場が
一つのカリキュラム範型で統制することができないほど多様化しているという
ことを認識した上で、教育課程を構想する必要があると思います。
小学校6年生相当の学力をいまだ獲得し得ていない学習者が大半を占める普通高校は
珍しくありません。そういう学習者を擁する場合、教員側がすべきことは日本の現状や
将来を憂えることではなく、小学校卒業程度の学力を確実に身につけさせるための
カリキュラムを構築し、その時々の学習者の実態に合わせて運用することです。
95%もの高校進学率を記録している社会でなされるべきことは、たとえ時間をかけて
でも最低限の学力(思考力をはじめとする諸能力)をなるべく多くの学習者に保障する
ことであると思われます。この場合の最低限の学力とは、高校卒業までに高校の標準的な
教科書に設定されていることを理解し、身につけるレベルを意味しないという点に留意する
必要があります。以上は教育学的な見地からのレスです。
昔で言えば、尋常小学校段階でこぼれたような学習者が高校や大学に進学しているのです
から、高校生や大学生の学力水準が全体として低下するのは当然であるといえます。
そのような現状において学習者に課するハードルを高く設定するのは非現実的です。
「大学生」はこのレベルにあるべきだ、という論議が成立するのはごく限られた大学での
話、今後は「現在大学に在学する者がどのような学力レベルにあるのか」を見極めた上で、
学生に必要な学力とは何か、また学生が獲得しうる学力レベルはどのあたりが限界かを
考え、カリキュラムを構築する必要に迫られる大学がますます増えるでしょう。


( 役に立った! | 元スレ )
13 名前:んんん 投稿日:2001/01/21(Sun) 19:26

日本は底辺の教育レベルは高いそうです 今でもね
欧米に比べてずっと・・・
文部省のホームページかなんだかに書いてありました
14 名前:へなへな@一段落 投稿日:2001/01/21(Sun) 21:26

>んんんさん

最終的に、生産現場や販売現場の平均的な質がひどければ、
優れた研究者や指導者がいてもだめですからねぇ・・・

昔読んだ戦史の本に、ソ連のジューコフ元帥が
「日本軍は兵士、下士官は勇敢で優秀だが、首脳部の能力が駄目」
と評していたとありましたけど、今もあまり変わらないのかもしれませんね。
15 名前:すりらんか 投稿日:2001/01/22(Mon) 00:26

>んんんさん
これが怪しくなってきている,っていうのが学力低下問題の
本当に恐ろしいところだと思います.崩壊学級(大学だから
学級ではないんでしょうが)を持っている知り合いの話だと
「経験しなければわからない」状態だとか.それにしても文
部省は今さらそんなこと言ってもっと公教育を駄目にしよう
としているのだろうか.
16 名前:ふはははははは! 投稿日:2001/01/30(Tue) 18:05

「チャーター・スクール」〜アメリカ合衆国の実験〜

チャーター・スクールは,子どもたちの学力向上を目指して,学校の積極的な創意工夫を引き出そうとする教育改革の中から生まれた新しいタイプの公立学校です。 親や教員,地域の団体などが自分たちの理想とする教育を行うために,州や地方の教育委員会などから認可 (チャーター)を受けて設置します。運営費は公費によって賄われます。  その特徴としては, ● 教育内容や方法,教員資格など多くの面で規制が免除されること ● 通学区域を越えて自由に入学できることといったことが挙げられます。こうして,学習の遅れた子どもや非行少年対象の教育,異年齢集団による教育,芸術に重きを置いた教育など,非常に多様な教育が行われています。 ただし,認可を受ける時に取り決めた教育目標,例えば一定の成績の維持などが達成されないと,チセーターが取り消されます。 1992年にミネソタ州で始めて設置され,1998年現在,28州で1,050校に上っています。これは全国の学校の1%に満たない数ですが,クリントン大統領は2000年までに3,000校に増やすよう各州を支援することを 宣言しています。
17 名前:新世紀名無しさん 投稿日:2001/02/05(Mon) 12:14

最近の明るいニュースというと,文部省の初等教育破壊活動にとりあえず歯止めが
かかったこと。「ゆとり教育」の立案者だった課長サンが,生涯学習課に左遷された
らしい。(これが単なる定期的な人事移動だと困るが・・)。
もっとも生涯学習課は大学院教育と関わっているから,大学院重点化という名の
高等教育破壊活動に一層の拍車がかかるかもしれない。
18 名前:仮想現実世界経済学部 投稿日:2001/02/05(Mon) 12:26

寺脇さんの事?
19 名前:新世紀名無しさん 投稿日:2001/02/05(Mon) 16:41

あっしも「ゆとり教育」みたいなものは、結局バカを増やすだけなので反対じゃ。
しかし、ぶっちゃけた話、どうでもいいね。そんなこと。
どうせ教育問題を議論している人って、思いっきり高学歴かおもいっきり低学歴か、だろうし。
それに、そういう人たちって、実社会のこと鳥瞰しているつもりで、なんも知らんことが多いし。
わしにとっては、分数や少数ができない大学生よりも、素人と付き合ってセックスできない
「素人童貞」みたいな奴のほうが世間から抹殺して欲しいけどな。
人間が生物として果たすべき、子孫繁殖という基本能力がないんだから。
分数や少数なんて教えれば一日でできるようになるよ。
異性とか他人とまじわることはそうはいかないからな。
こういうことを書くと2ch的とか非難されるんだろうな。
ふぉっ。ふぉっ。
20 名前:すりらんか 投稿日:2001/02/05(Mon) 23:37

>19さん
はっはっは.素人同定はさておいて,コミニュケーション能力が
下がって来ているというのは,分数なんかより遙かに社会の根幹
に関わる問題ですよね.最近の大学生はものすごく授業に出る傾
向にあるけど,これもちと穿った見方をすれば「おまえらともだ
ちいねーだろ」ってきがしなくもないですね.彼らは何をしてい
るんだろう?掲示板ヒッキーだったりして(<それは俺か).
21 名前:へなへな 投稿日:2001/02/05(Mon) 23:53

寺脇さんのところに、知り合いが出向した人にきいたのですけど、
彼は、異常性格みたいなところがあるみたいです。

突然怒鳴り散らすとか、夜中に電話してきてわめき散らすとか・・・。

文部省はおとなしい人が多いから、声のでかいファナティックな人が
妙に影響力をもったりするのだとか。
戦前の日本軍みたいですよね。

彼の本も見たけど、「だからどうした」見たいな話ばかりで・・・。
あの和田秀樹と対談した本がそれなりに面白かったですが。
22 名前:へなへな 投稿日:2001/02/05(Mon) 23:57

すりらんかさん
>掲示板ヒッキー
(爆笑)
掲示板ヒッキーはまだいいとして、2chで熱い議論がされている再建中の会社
の人たちは、愛社精神があるのか、ずっとひとつの会社にいたから会社ヒッキー
となって、会社からでられなくなったのかと悩んでしまします。
掲示板ヒッキーよりも、あまりに労働市場が流動性がないために会社ヒッキー
がうまれ、その会社ヒッキーがいま荒波にもまれているという気がします。





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